千一夜物語
六郎や七尾はとてもよくしてくれるが、澪にとってはそれ以上でも以下でもなく、黎が何故あんなに心配するのかがおかしくて、だがそれを喜んでいる自分もいた。


「仮面の方に会えないからって黎さんに興味を持つなんて私ったら実は浮気性なのかな」


「ん?今なんか言ったかー?」


「!う、ううん、別にっ」


困ったことに牙がべったり張り付いて離れなくなってしまい、七尾と合流できずただぶらぶら平安町を散歩していた澪は隙を伺って牙から離れようとしたのだが…腕を組む勢いでにこにこされて冷や汗が出た。


「俺黎様から目を離しちゃ駄目だって言われてるからごめんな!黎様の命令は絶対だから!」


「あ、あの、ちょっとお話してくるだけ…」


「俺が居たって別にいいじゃん?黎様にもどんな奴か見て来いって言われてるから、来てるんなら連れて来てくれよ」


――それに関しては別に問題ないが、七尾がいつも牙が居ない時に現れるため、あちらが避けているわけなのだが、澪は頷いて念押しをした。


「六郎さんは人なんだから怖がらせないでね?雰囲気は牙さんと似てるけど」


「うんうん、分かった!その七尾って奴を捜そうぜ!」


だが往来を歩き回っても七尾と会えず、やはり牙と一緒に居ると無理なのかと思っていると、知らない男がすれ違いざまに澪の手に何かを握らせてきた。


牙に知られないようにその何か――丸められた紙を開くと、一言だけ乱暴な字で書かれていた。


『夕暮れに平安町の橋の前で』


――なんだかどきっとした。

知られてはならない逢瀬を重ねているような禁断の香りがして、ぶるぶる首を振ると牙が顔を覗き込んできた。


「どした?」


「ううん!別に!」


…明らかに挙動不審だったが、牙は何も言わずにかっと笑って澪の桃色の袖を引っ張った。


「よし帰ろう!とっとと帰ろう!」


どうやって屋敷を抜け出そうか?

頭の中はそのことでいっぱいになった。

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