千一夜物語
浮浪町の屋敷に戻った澪は、きょときょとしてしまって隠し事ができない自身の性格をよく知っているため、早々に風呂に入ってどうしようか考えた後、それを黒縫に打ち明けた。


「ねえ黒縫…今の私の話、聞いてどう思った?」


『六郎殿はともかく七尾殿を知りませんのでなんとも…。ですが会うと言うならばついて行きますよ』


「橋の所までだし、陽が落ちたら黒縫の姿も見えなくなるからきっと大丈夫だよね、うん」


『黎様にはちゃんと話して下さいね』


「えっ、駄目だよ絶対反対されるから!‟俺も会う”とか言いかねないから駄目!七尾さんが驚いちゃうから駄目!」


澪に反対されて仕方なく反論をやめた黒縫と共に自室で一息ついて外に出ると、陽も暮れて広大な庭のあちこちにある灯籠に火が入ってあたたかい光が溢れる中、澪は神羅の居る部屋から出て来た黎を見つけてなんともいえない複雑な気分になりながら声をかけた。


「黎さん、ちょっと散歩に行って来てもいい?」


「どこにだ」


「ちょっとその辺だよ。浮浪町からは出ないからお願いっ」


突然散歩に行きたいと言われても何か裏があるのではと思われるのは仕方がないこと。

内心冷や汗をかきながらじっと見つめてくる黎と目を合わさないよう俯いていると、黒縫が助け舟を出した。


『黎様、私もついて行きますので』


「ならいい。すぐ戻って来るんだぞ」


ぱあっと顔を輝かせた澪にやはり嫌な予感しかしない黎は、縁側に座ってぽんぽんと隣を叩いた。


「ちょっと話をしないか」


「え…お説教ならやめてほしいな…」


「ちゃんと聞け。お前はまだ若いから知らないことが沢山ありすぎる。六郎や七尾のことをちゃんと話せ」


澪の唇がものすごく尖った。

これは長い戦いになるかもしれない――互いにそう思っていた。
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