千一夜物語
牙から七尾という男には会えなかったと報告を受けていた黎は、相手がこちらを避けていることに気付いていた。

こちらとしては澪の庇護者であり、その身を預かっている立場であるため、身元の分からない男とほいほい会わせるわけにはいかない。

第一澪のことはとても気に入っているのだから、こそこそしているのが気に食わなかった。


「六郎は人なんだな?親は?兄弟は?」


「ええと…六郎さんは私の話を聞いてくれて私が一方的に喋ってた感じ…」


「では七尾は?どんな外見で六郎とはどういう関係だ?」


「ええと…外見は髪が長くて…そういえば目が大きくて少し六郎さんに似てるかな。関係は…知りません…」


問われると本当に六郎や七尾のことを知らないのだと思って少し不安になった澪は、それでも最初からふたりを悪者のように扱っている黎に不満を覚えた。


「知らないことが多すぎる。俺に秘密を作るな」


「黎さんだって秘密くらいあるでしょ!?私だってあるんです!私がずっと待ってる仮面の方のことも知らないくせに!」


「…」


「あの方は私を迎えに来てくれるって言ってくれたんだから。とっても聞き上手でお話が面白くて、声が低くて艶やかで…そういえば黎さんに少し口調とか似てるかも?」


「……」


「仮面をずっと付けてたけど素顔は絶対かっこいいんだから!口元までは見たもん!こう、少し口角が上がってて…そう、黎さんみたいに」


「………」


――だんだん居たたまれなくなった黎が額を押さえて俯くと、澪は颯爽と立ち上がって黎に手を差し出した。


「喧嘩したいんじゃないからね?私も黎さんも秘密があって介入されたくないってお話!私に怒ってないなら…手を握って?」


もちろん澪に怒っているわけではない黎がそっと澪の小指を握ると、すまなさそうに少し頭を下げた黒縫の顎の下を撫でてやった黎は、しっしと手を振った。


「…もう行け。追尾はしないからなるべく早く戻って来い」


「!ありがとう黎さん!」


澪はまだ気付いていない。

いつかは打ち明けなくてはならないと思ってはいるが――澪の反応が怖くて先延ばしにし続けていた。
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