千一夜物語
七尾を男として見たことがないのはもちろんのこと――人に求婚されて戸惑いを隠せなかった。

黎と黒縫は七尾が人ではないと知って、六郎と一体どんな繋がりがあるのか…これは総出で調べ上げる必要があるとばたばたしていたのだが、澪は自分のことで精いっぱいで、神羅の前に座っていた。


「求婚…されたと?」


「う、うん。七尾さんていう人でね、その…」


「…人?」


「うん、人なの。私は妖でしょ?それに七尾さんをそういう目で見れなくて。だって私仮面の方を待ってるから…」


「…仮面?」


仮面という言葉が気になりつつも、ほぼ同じ状況にある神羅が共感してなんと言葉をかければいいのか押し黙っていると、澪は忙しなくそわそわしながら立ち上がって床に座っている神羅の周りをぐるぐる回っていた。


「仮面の方が現れなかったら嫁に来ないかって言われたんだけど、でもいつ現れるか分かんないし、第一待っているうちに七尾さんが寿命で死ぬ可能性も…」


――人と妖では時の流れの感覚が全く違う。

妖にとって時の流れとはとても緩やかで、人にとって時の流れとはとても早く、数十年で寿命を迎える。

澪はいつまでも待つつもりだったためそういう発言に至ったのだが…神羅は自身が年老いてゆく様を黎には見られたくないと思ってさらに押し黙っていた。


「こういうのって早めにお断りした方がいいんだよね?私早速明日お返事を………あれ?これ…」


本棚に無造作に置かれているものに目を留めた澪は――絶対に忘れない‟それ”を手に取ってまじまじと眺めた。


夜叉の仮面――


この仮面を付けた男が現れて、怪我の治療をして、親しくなって――‟攫ってやる”と言って口付けまで交わした男は、まさか――


「……黎さん…なの…?」


そんな馬鹿な、と心の中で叫んだ。

もし仮面の男が黎なのならば――何故最初からそう言ってくれなかったのか、と心の中で叫んだ。


「そんな…」


「澪さん…?」


ではつまり黎は自分を嫁にするつもりで‟攫ってやる”と言ったわけではなく、同情から――?

だったらあの口付けの意味は?


「黒縫…知ってたの…?」


『…申し訳ありません』


謝った黒縫が決定打。

澪はへたり込んだまましばらく俯いて顔を上げられずにいた。

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