千一夜物語
「澪の様子が変だ」


唇を真一文字に引き結んで至極真面目な顔をした黎が放った言葉に玉藻の前は思いきり目を細めて呆れ顔を見せた。

男ひとりに女ふたり――

これで揉めないわけがなく、長い間生きてきて酸いも甘いも経験してきている玉藻の前は、女ふたりと男ふたりの揺れる恋心に口出しすることはせず、隣に座った。


「まあ…それはそうですわよね。女帝は人、ちんちくりん…澪様は他の男を待っていると言いつつ黎様に心揺れている感じですし」


「…その他の男とは俺のことだ」


「え?」


経緯を聞いた玉藻の前は、想像よりも遥かに複雑な状況になっていることに内心‟面白い!”と思いつつ、深刻な顔を作って見せた。


「いつ明かすおつもりですの?」


「…分からない。神羅とは澪より先に出会ってはいたが、その時は想いに気付いていなかった。だから澪と出会った時、傍に置いていつか嫁にしてもいいと思って…」


自分で口に出してみると、なんと傲慢な考えなのかと気付いた黎は、額を押さえて俯いた。

常に取り乱すことなく冷静な黎の懊悩に、玉藻の前はずばっと思っていることを黎に放った。


「黎様は女帝を嫁にとお考えですの?」


「…そうだな」


「それはわたくしたち妖にとっての命取りになることを分かっているのですか?愛する者に先立たれた妖は、その後長い生涯を苦しむことになります。苦しみもがいて命を落とす者も居ます。黎様も必ず体験することになりますわよ?」


――そんなことは元より分かっているし、それを承知で神羅を望んだ。

神羅がこの想いを受け入れてくれたとしても、せいぜい数十年しか共に生きられない。

その後自分はどうなってしまうのか?

考えて考えて――それでも諦めるという結論には至れなかった。


「分かっている…つもりだ」


「では澪様をどうなさるおつもりなのですか?」


「澪を…傷つけたくない」


神羅を壊したいほど愛している。

澪を傷つけたくなくて傍に居て欲しい。


揺れて、燃え上がる。
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