千一夜物語
自室に引き篭もった澪は、布団を被って身体を丸めてじっとしていた。

こんなことをしていても自分には何もできないし、黎の幸せを願うのならばここから出て行った方が…これ以上傷つくことはないと理解していた。


『…澪様…』


「黒縫…ふふ…失恋…しちゃったのかな、私」


『…黎様は澪様を大切にしているように思えます。一度話をしてみては』


「なんて話すの?‟黎さんは仮面の方なんでしょ?”って?」


嫁に来い、とは明確に言わなかったものの、攫ってやると言ってくれたし口付けもしてくれた。

あの口付けが決め手となって、この男を待とうと思っていたのに――その男にはすでに想い人が居るなんて。


『澪様、女帝は…神羅様は人です。先立たれた後あの方は…黎様は苦しみもがくでしょう。澪様、あなたが傍に居て癒して差し上げるのが一番かと』


「…その間私にふたりが仲睦まじくしてるのを指をくわえて見ていろって言うの?…そんなの、無理!」


思わず激しい口調で黒縫を責めてしまった澪は、黙ってしまった黒縫の蛇の尾をそっと握って謝った。


「ごめんね黒縫、私…」


『いいえ、私の方こそ無神経でした。…澪様、ここを出て遠野に戻りませんか?』


そう思っていた澪は、むくりと起き上がって腫れ上がった目を擦って頷いた。

ここに居ても、もう心から笑える気がしない。

黎のことは――自分の幸せよりも、黎の幸せを願うならば、早く去った方がいい。


「初恋…だったんだけどな…」


ほろ苦い初恋になった。


好きでもない男に嫁がされる運命から救ってくれようとした男が実はその許嫁で、しかもすでに想い人が居る。


違う意味で、笑うしかない。


「私…また黎さんや神羅ちゃんの前で笑えるかな…」


それだけが気がかりで、膝を抱えてうずくまった。
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