千一夜物語
‟仮面の方はあなたなんでしょう?”


喉から出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。

またそれを訊いてどうするのか、と。

私を一体どうするつもりだったのか、なんて言えるわけない。


「…出て行くなんて言わないでくれ」


「…」


「お前には…ここに居てほしいんだ。よく喋って、よく笑って…それを見る度に俺は和んでいるんだ。だから…」


「私の気持ちはどうなるの?何も考えず笑っていろってこと?」


震える声に黎は澪の細い手首を掴んで首を振った。


「違う。お前が憂いている訳を知りたい。目を真っ赤にするほど痛めつけられている理由を…」


澪がふと顔を上げた。

そのまま見つめ合っていると、みるみる大きな目に涙が浮かんで――小さな手が頬に伸びて、触れてきた。


「黎さんって…こんな顔してたんだね」


「…澪」


「綺麗な顔してるね。ふうん…こんな顔だったんだ…」


あの仮面の下にはこんな顔があったんだね。


――そう言いたいのを堪えて無理に笑うとそれが歪んでしまってたまらず手を離すと…

黎はその手を掴んで――澪を抱きしめた。


「…泣くな」


「お別れの時位…泣いてもいいでしょ?」


「別れなんて来ない。俺が…許さない」


「ふふっ、黎さんの我が儘」


抱きしめられていると、安心した。


ただこの手は――自分だけのものではない。

この男を独り占めには決してできない。


「神羅さんに知られたら怒られちゃうから…離して、黎さん」


「…離さない」


「やめて…乱さないで…!」


「嫌だ」


何が何でも離さないという思いを込めて、澪をさらに強く抱きしめた。
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