千一夜物語
澪の部屋を出た黎は、その足で自室の神羅が居る部屋へ向かい、難しい顔をしたまま対面した。


「なんですかその顔は。暗闇でも分かりますよ。元々険しいのにさらに険しくなって」


「…神羅。話がある」


決して茶化していい雰囲気ではなく、神羅は羽織を着こんで身体を起こすと、灯りをつけて想像以上に険しい顔をしている黎を見つめた。


「なんですか?」


「お前は…俺を好いているか?」


「…何故そんな質問を?……今更のような気がしますが」


「ということは…好いているんだな?」


「…お主はどうなんですか?人に懸想しているとはっきり言えるのですか?」


妖と人にはそれほどまでに生き方や考え方の隔たりがある。

双方が夫婦となって子を作れば、その子は必ず迫害の対象となり、人の世でも妖の世でも生きていけなくなる。

自分たちはよくとも、次世代には生きにくい。


「…俺はお前に惚れている」


「…っ!そ…そうですか…」


「……だが…他にも惚れている女が居る」


――耳を疑った。

惚れていると言われて喜んだのも束の間、他にも惚れている女が居ると堂々と言ってのけられて唖然としたが、その女には覚えがある。


「…澪さん…ですね?」


「そうだ。話せば長くなる。聞いてくれるか」


「…ええ」


どうせ今は両想いでも、自分は黎より先に死ぬ運命。

神羅は達観して黎をまっすぐ見つめると、隣をぽんぽんと叩いた。


「どうせもう眠れないのですから最初から最後までちゃんと話して下さい」


「…ありがとう」


そして黎は、ぽつぽつと話し始めた。

澪との出会い――現在に至るまでを。
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