千一夜物語
人の町に住むからには、人と同じ時間で活動するのは当然のこと。

そう考えている黎は、妖の力が最も弱まる朝に起き、牙や玉藻の前たちと共に気が向いた時は浮浪町の巡回に出る。

黎が巡回に出ると、澪は忍び足で縁側を歩いて神羅の居る黎の自室の前に立った。


「神羅ちゃん…入ってもいい?」


「ええ…どうぞ」


ふたりとも口調は固く、昨晩黎が言ったように本当に神羅に話をしたんだなと思うとその誠実さが伝わってきて幾ばくか緊張が和らいだ。

中へ入ると神羅もまたやや緊張しているものの微笑んでいて、傍に座った澪は神羅に茶を差し出しながらこそっと問うた。


「あの…黎さんのことなんだけど…」


「昨晩話を聞きました。私と澪さんを…その…妻に…と…」


「そ…そうなのその件なの。突拍子のない話だけど、黎さんの家はそれが認められてて…神羅ちゃんはどう思う?断ったの?」


神羅は熱い茶を一口飲んで吐息をついた。

昨晩自分なりに考えてみたのだが――妖と共に生きるのは難しい。

ましてや悪路王とその仲間が各地で暴れ回っていて、彼らを倒すために武器を作り、目の敵にされている自分が妖の妻になるなんて――誰も祝福してはくれないだろう。


黎のことは…とても好きだけれど、状況が状況なだけに…難しい。


「まだ…返事はしていません」


「そっか…。うん…色々あるよね。でも神羅ちゃん聞いて。私はね…賛成だよ」


「え?」


「私、神羅ちゃんと仲良くやっていけると思うの。黎さんをふたりで支えて、一緒に子を育てて…。私たち、人と妖だけど、そんなの関係ないよ。だって好きなんでしょ?」


――澪はまっすぐだ。

そのまっすぐさが眩しくて、羨ましい。


「そう…ですね…」


曖昧に頷くと、澪の顔がぱっと輝いた。


そう在れたらいいな、と思う。

この立場さえ――なければ。
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