千一夜物語
神羅の身体に回っている毒はなかなか抜けず、時折高熱が出ては臥せってなかなか体調が回復しなかった。

だが人に詳しい澪の協力もあり、それ以上の悪化はせずに持ち堪えていた。


「すままいな、澪。伊能が留守でお前に料理をさせることになるとは」


「私が人の暮らしに詳しくて良かったね、黎さん。料理のできる妖なんてそうそう居ないんだから」


腕まくりをして台所に立っている澪の傍で申し訳なさそうな声を出した黎を見上げた澪は、少し襟足が伸びた黎のすっとした首筋に思わず喉を鳴らしそうになってくるりと背を向けた。


「まっ、まだ固形のものを食べるのはやめた方がいいよね。だったら…」


食材を前に考え込んでいる澪のうなじに目がいった黎は、真っ白で細いその首につっと指を這わせた。

…もちろん澪は生娘だと思う。


現に手に持っていた包丁を落として耳まで真っ赤にしている姿は初々しく、黎は澪の長い髪を払って背中から覆い被さるように抱きしめた。


「今夜…部屋に行っていいか?」


「えっ!?…う…うん…いいよ」


なるべく平静を装ったものの声は裏返り、その可愛らしさに澪がまた兎に見えた黎は頭を撫でてその場を去った。


「ど…どういうことかな…。そういうこと?…そういうことなの!?」


相談をしたいが肝心の黒縫は縁側で日向ぼっこ。

…かくなる上は後で風呂に入って隅から隅まで磨き上げなければ!


「私が仮面の方が黎さんだっていうことを知ってるって言ったらなんて言うかな」


きっと驚くだろう。

だがその前に――


「七尾さんのこと…どうしよう…」


きっと今夜も橋の袂で待っているだろう。

だが――黎と一緒に居ることの方がより大切。


「今日は会いに行くのはやめとこ。明日ちゃんとお断りしなくちゃ」


今日は決戦の日になるかもしれないのだから。


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