千一夜物語
「黒縫、今夜はその…部屋の外で寝てくれる?」


『…と申しますと?』


いつも一緒に寝ているため突然の澪の懇願にきょとんとした黒縫だったが――澪が顔を赤くしているのを見てぴんときてにかっと笑った。


『黎様がお部屋に来られる、と?だから念入りにお身体を磨いて…』


「しーっ!声が大きいってば!」


…そう言った澪の声の方が大きかったのだが…

黒縫は心得たと言わんばかりに頷いて、障子に人影が見えたのを見てさっと立ち上がった。


『お見えになったようです。澪様、今夜はお転婆は程々に』


「う、うん、分かってる。黒縫、おやすみなさい」


すらりと障子が空くと、手に盃ふたつと酒瓶を持った黎の姿を見て澪がぱっと顔を輝かせた。

鬼族の例にもれず酒豪な澪が喜んでいる間に黒縫は黎とすれ違いざま、こそりと声をかけた。


『お手柔らかに』


「なんの心配だ?」


意味が分からないといった感じの黎の足を蛇の尾でぱしっと軽く叩いた後部屋を出た。

澪は今夜が初夜になるかもしれないと気合を入れてまっさらの白い浴衣に髪を緩く結い上げて気合万端だったが――黎は一旦足を止めて澪を見つめた後、酒瓶を揺らして見せた。


「今夜はお前の話や俺の話をして飲み明かそう」


「…えっ!?」


「え?」


黎からすれば、黒縫から今は月のものの最中だと聞いていたため、手を出すなど全く考えておらず、逆に澪は気合十分で空回り――

恥ずかしくなって両手で顔を覆った後、深呼吸をして黎に笑顔を見せた。


「どんとこい!そんな小さな酒瓶で足りると思ってるのっ?」


黎がふっと無邪気な笑みを見せると、澪はその手からさっと盃を奪い取ってにやりと笑った。


「私の話は長いんだから!」
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