千一夜物語
澪に近付いた時から、妖だと分かっていた。

それまでは両親を殺めた武器を作れる神職の女が帝に就いたと知って――怒りに任せて今すぐ殺しに行ってやろうと思っていた。


だが澪に出会い、その妖とは思えない可憐さに一目惚れしてしまって護衛してやるなどと言い訳をしつつ傍に侍りたかった結果がこの体たらく――

鬼頭の旦那――黎が許嫁とは。

ここまで必ず追って来て、命を狙われるだろう。

御所ではじめてその姿を見た時、心躍らせて英雄と対面して感激したのも束の間――まさかあちら側だったとは。


「あんたそれでもいいのかい?あの帝の方があんたより好かれてるかも…」


「…私の方が神羅ちゃんより後に黎さんと出会ったんだから、それはいいの仕方ないの」


「それとあの家は確か子ができても男ひとりしか生まれないって聞いたことがあるぜ。鬼八の呪いだとか言われてるけど…子を生むのはあんたじゃないかも」


「全部分かってて黎さんの傍に居たいの。だからもう…言わないで」


それも知っていた。

何故か子は男ひとりしか生まれず、それでも諦めず妻を何人も娶って子作りに励んだが、結果は同じ。

黎から直接聞いた話ではないが、鬼頭家に嫁ぐ者として、父からその話は聞いていた。


「そっか。鬼頭の旦那にべた惚れなんだな」


強くて美しい妖に惹かれるのは妖の本性であって、それは否定できない。

現に自分自身も実際黎と戦ってみてその速さと瞬時の判断、あの妖刀をいとも簡単に操っている様に惚れ惚れしたのだから。


「悪路王さん…私が黎さんを説得するからお願い、もう人を殺して食べたりしないで。そうしてくれたらきっと黎さんだって…」


「…いや、そりゃあ無理な話ってもんだ。俺はもう人の味を知っちまったから」


悪路王がゆらりと立ち上がった。

澪は悪路王を見上げた。


話せない相手ではない――

未だにそう信じて、今まで優しく接してくれていた悪路王を信じていた。
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