千一夜物語
人の皮を被ってまでして澪に近付いたのは――怖がられたくなかったからだ。

鬼の特徴である角や牙は常に露出していて、形相も決して優しいものではない。

澪のように可憐な娘と対峙したら怖がられて逃げられてしまう…それが嫌だった。

もし人と出会って同じように怖がられたならば、すぐさま食ってしまうのだが。


「あんたたちみたいにおきれいな顔で俺も生まれたかったよ」


「悪路王さん…」


「もしそんな顔で生まれたなら…俺を見ただけで逃げたり怖がったりしなかったはず。そしたら…両親も殺されなかったし、俺も人は食わなかったはず」


‟たられば”の話は夢物語。

そう分かっていても、黎や澪のように常に角や牙が露出していない美しい顔に生まれつきたかったと思って恨みがましく責めてしまう。


「私だって鬼だから角や牙はあるよ?隠してるだけで…」


悪路王は同調してなんとか自分を落ち着かせようとしている澪にゆっくり近づいて目の前に立つと、見上げてくる澪をじっと見つめた。

薄桃色の着物は濡れて肌に張り付き、鬼族に多い細いけれど豊満な胸が視界に入って離れなくなった。


欲しいものは今まで全て奪ってきた。

そして今目の前に居る澪もそうやって奪って凌辱して自分のものにできたならば――昔から自分が憧憬を抱いている黎はどんな顔をするだろうか?


「…俺に肌を見せるのは嫌だろうけど、その着物は脱いだ方がいいぜ。気持ち悪いだろ?」


「で、でも…」


「見たりしねえから。後ろ向いてるから。脱いで火にあたったほうがいい」


なんとか邪な思いを堪えて澪の前に座りつつ背を向けると、澪は躊躇しつつも確かに肌にはりつく着物は冷たくて気持ち悪かったため、白い肌襦袢の姿になって脱いだ着物を胸に抱えて透けそうになる肌を隠した。


――それが悪路王を猛らせることなど知る由もなく――火の温かさに安心しきっていた。
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