千一夜物語
澪を組み敷いていた悪路王は、全身鳥肌が立っているのを感じながら窓の外が真っ赤になっているのを見て身体を起こした。

どうやら木に雷が落ちたらしく火事が起きていたが――問題はそれではない。

…やって来たのだ。

あの男が。


「ちっ、来たか…」


今まで感じたことのない純粋で混じりけのない妖気と怒気――

御所ではじめて会って、憧れの存在に胸を躍らせていたのに…今や敵対関係にあり、いつか共に走ることができたならと淡い思いを抱いていたのが馬鹿らしくなった。


「黎…さん…?」


瘴気の濃い悪路王の妖気とは違い、外で感じるのは――


「くそ…!」


脇に置いていた大鉈を手に腰を浮かして身構えると、静かに引き戸が開いた。

ゆっくり姿を現したのは想像していた男で、その静かで冷淡な美貌には怒りが滲んでいて、澪の腕を掴んで抱き寄せた。


「鬼頭の旦那!あんた来るのが遅かったぜ!お姫さんはもう俺のものになったからな!」


「黎さん、違うの…!私…っ」


「…もう喋るな」


声色は低く感情の色が感じられなかったが、澪はほぼ全裸の状態で誤解されたことに半べそをかきながら空いている右手で床に散らばった肌襦袢を拾ってかき抱いた。


「旦那…女ふたりも自分の物にしようなんざちいっと欲張りすぎじゃねえのかい?ひとりくらい俺にくれたっていいじゃねえか」


「…お前に与えるものなど何もない。神羅を傷つけ、澪を…」


――信じたくはない。

悪路王が言ったように澪を奪われたなんて、絶対に、絶対に信じない。


「黎さん、信じて…!」


「最初から疑ってなんかいない」


すんでのところで間に合った――

後はもう、目の前の男を殺すだけ。


「お前を殺す」


雨に濡れた髪をかき上げてすらりと刀を抜いた。
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