千一夜物語
黎の持っている妖刀天叢雲は、我が主と認めない限りは主を取り込んでその命を奪ってしまう危険極まりない妖刀だ。

故に主を転々としつつ最終的に辿り着いたのは鬼頭家で、厳重に封印を施されて蔵に眠っていると噂されていたが…今その天叢雲が目の前で抜かれて妖気を吹き出していた。


『あの小鬼を食っていいんだな?』


「思う存分貪り尽くせ。あれを生かしておくつもりはない」


まず天叢雲が喋ったことに悪路王は驚いたが、物には魂が宿り、付喪神となるのは珍しくない。

ただ切っ先で少しでも傷つけられればただでは済まないことだけは分かる。


「悪路王とは山のように大きな男だと聞いていたが実際は違うな。うちの赤や青の方がでかい」


「普段はこのなりだが変化くらいはできるんだぜ。同志を募るには大きい方が様になるからなあ」


「そうか。もうお前の声は聞きたくない。死ね」


土間に立っていたはずの黎の姿が忽然と消えて反射的に澪を突き飛ばして身を屈めると、その上を黎の刀が水平に薙いでいった。

間一髪難を逃れたものの、わき腹に強烈な足蹴りを食らって吹っ飛んだ悪路王は、血の塊を吐き出して卑屈な笑みを浮かべた。


「あんたが嫁さんにしようとしてる女を俺に抱かれて憎いのは分かるが、旦那なら女なんか選び放題だろ?諦めろよ!


「澪は嘘などつかない。これ以上お前と話すつもりはない。死んでくれ」


大鉈を持ってはいるが、これで黎の刀を受け止めたとしてもすぐに折れてしまう。

止められても一撃――

黎と対峙してみてはじめて力の差が歴然としているのを痛感した悪路王は、それでも一矢報いるために姿勢を低くして素早く回し蹴りを放った。

それはあっさり回避されたが、飛び退った時胴ががら空きになった黎の腹目掛けて肘内を食らわせると、渾身の一撃に黎も同じように血を吐いた。


「黎さん!!」


反射的に腹に力を入れていたおかげで致命傷ではない。


「貴様…」


黎の目に青白い炎が燈った。

もう、許す気はなかった。
< 179 / 296 >

この作品をシェア

pagetop