千一夜物語
乱戦になった。

金縛りの解けた悪路王側の仲間の攻勢にじりじりと押し負け始めていたが、黎が戻って来ることを信じて止まない玉藻の前たちは、傷を負いながらも神羅が居る部屋に近付けまいと奮闘していた。


「そこか…その部屋に居るんだな?」


「居ますけれど指一本触れませませんわよ。わたくしが黎様に怒られてしまいますからね!」


白い身体には無数の傷が走っていたが、悪路王の動きは鈍重で速さがなく、弱り切っていた。

それでも神羅は殺す――その執念が悪路王を突き動かしている様は玉藻の前をぞっとさせたが、悪路王の周りを飛び交っていた一反木綿を鋭い爪で一閃して屠ると、一対一になった。


「よく黎様から逃げられましたわね。どんな手を使ったのやら」


「…」


――澪が庇ってくれた。

止めを刺そうと刀を振り上げようとしていた黎に追い縋って‟殺さないで”と懇願していた。

あんなに酷いことをしようとしたのに――もう謝ることすら敵わない。


「…ん?あれは…」


ものすごい速さで近付いて来る者が在り、それが狗神姿の牙だと分かると思わずほっとした玉藻の前が神羅の居る部屋から目を離すと、油断なく様子を窺っていた悪路王が渾身の力で地を蹴って玉藻の前の脇をすり抜けた。


「ああっ!お待ちなさい!」


「殺す…!絶対に殺す!!」


両親を目の前で殺された恨みを晴らす。

澪ひとりを愛せない黎を、恨む。

そんな黎を愛している澪を――


「恨めない…。だけどお姫さん、あんただけが愛されるべきだ。あんただけが、愛されるべきなんだ!」


障子を蹴破った。

そして目的の女が部屋の隅まで後退りしたのを見て、にたりと笑った。
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