千一夜物語

それぞれの幸せの形

悪路王が動かなくなると、澪は涙を拭いながら悪路王の傍に座ってまだ温かい頬に触れた。


「私を好いてくれてありがとう…。あなたが私のことを心配してくれた気持ちは嬉しいけど…私は私なりに悩みながら前に進んで行くから」


止めを刺す前に悪路王が逝ってしまうと、黎はまだ開いている目を指で閉じて澪の腕を取って立たせた。

妖狐の姿から人型になった玉藻の前は傷だらけで、よろめきながら黎に近付くとこれ幸いに抱き着いて胸に顔をすりすり頬ずりしてうっとり。


「黎様ぁ、玉藻は頑張りましたのよ?」


「ああ、よくやった。お前が踏ん張ってくれたおかげでなんとか間に合った」


「いやん!好きだなんて!わたくしも好き!」


「誰も好きなんて言ってねえし。黎様ー、こいつどうする?食っていい?」


「いや、丁重に葬ってやれ。諸悪の根源ではあるが、真の悪ではなかった」


黎は部屋の片隅でまだがたがた身体を震わせている神羅の傍に座ると、手拭いでこびりついた血を拭ってやった。


「怖い目に遭わせたな」


「死んだ…のですか…?」


「ああ。悪路王側についていた妖はこれで暴れるのをやめるだろう。だからお前も武器の件はやめてくれ。きっとそれで丸く収まる」


「黎…」


縋るような目で見つめてきた神羅が一体どれほど恐怖を味わったか――

一瞬抱きしめようかと思ったが衆目があったため、黎は澪を呼び寄せて立ち上がった。


「澪、風呂に入れてやってくれ。お前も濡れているじゃないか、温もって来い」


「じゃあ黎さんも一緒に…」


「ば…馬鹿を言うな。早く行け」


ぷいっと顔を逸らした黎にやや緊張が和らいだ神羅と澪が連れ立って部屋を離れると、黎は庭に転がっている死屍累々を眺めて牙と玉藻の前に命じた。


「それらは空き地に集めて焼いて来い。人にどれほど被害が及んだか調べろ。まだ生きている悪路王側の妖は殺せ」


「りょーかい!」


これで人と妖の境界線は再び元に戻るはず。

後は――自分の問題だ。


「さて…どうなることやら」


問題は神羅だ。

澪も説得してくれるだろうが、最終的には自分にかかっている。

どうやって納得させるか――言葉が浮かばず、ため息をついた。
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