千一夜物語
伊能と呼ばれた中年の男が連れて来た牛車の中には大量の米俵や衣類、農具や工具が詰まっていた。


「この男はさしずめお前たちの相談役という所だ。そして監視役でもある。病以外で怠けた者が居れば俺に報告が入る。正しく生きていれば俺はお前たちに口出しはしない。以上だ」


住人たちがまだ戸惑っていると、牛車の中から十にも満たない男の童が飛び出してきて黎の足元にまとわりついた。


「黎様、会いたかったー!」


「息災だったか」


黎の目元が和らぐと玉藻の前がぽうっとしながら黎の袖をそっと握って猫なで声を出した。


「黎様、こちらの美味しそ…可愛らしい童は?」


「物見遊山の途中、飢えた妖に襲われそうになっていた所をたまたま通りがかって成り行き上助けた童だ。本当は俺が食ってやろうかと考えていたんだが…」


「懐かれちゃったんだよなー」


黎が童に懐かれる様を余すことなく見ていた牙がため息交じりに呟くと、伊能は苦笑いしながら童の頭を撫でた。


「綱(つな)…この子が黎様に懐いたおかげで私たちは食われることなく今も生きていられるということです。ご恩に報いるため参りました」


「ん、町づくりを手伝ってくれ。人の理は人に任せるのが一番いい。何せ俺は妖だからあれらを見ていると食いたくて仕方なくなるからな」


「お任せを」


綱という名の童の頭を軽く撫でた黎が欠伸をしながら屋敷へ引き返して行くと、当面の衣食住を提供された住人たちは少しずつ奮起して声を掛け合い始めた。


「俺は以前畑を持っていたから農作物には詳しい」


「俺は牧畜をやっていたから牛や豚が居れば…」


黎はそんな彼らの声を背後に聞きつつもまるで興味を持たず、牙ににこっと笑いかけた。


「目途はついたな。俺は明日朝廷へ遊びに行ってくるからついて来るんじゃないぞ」


今から楽しみで仕方がなくて、どんな女だろうと色々想像してみながら牙たちを酒を飲み明かした。
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