千一夜物語
男を知らない澪にとって、それははじめての痛みだった。

冷や汗や脂汗が出て、怖くて目も開けられなくて、黎にしがみつくのが精一杯で――

ただ…

黎の手の大きさや温かさ、身体の重たさや時々聞こえる吐息が恥ずかしさを上回って安心感を与えてくれて、黎の動きが止まると薄目を開けて見てみた。


「…大丈夫か?」


「うん…多分…」


「他に感触が残っているところはどこだ」


「もうないよ、大丈夫。ありがとう…黎さん」


――黎の唇が少し開いていて、表情がいつにも増して艶やかに見えた。

見慣れない黎の均整の取れた身体がばっちり見えて目に焼き付けようと食い入るように見ていると、ぱちんと額を叩かれて抱き起された。


「見すぎだ」


「だってだって…お父様のとも違う…」


「比べるな」


黎に笑われて空気が和むと、ようやく汗の引いた澪の身体に黎が白の羽織をかけてやって抱き合った。

結界を張っているため外から部屋に侵入することはできず、また音も漏れない。


黎の身体もまた汗に濡れていたが、構わず胸に頬を寄せて問うた。


「本当に…お嫁さんにしてもらえるの?」


「ああ。…だが…」


「神羅ちゃん…だよね?黎さん、私のことは構わなくていいから、神羅ちゃんをお願いね。きっと悩んで悩んで…苦しんでるから」


「…そうだな」


人の寿命は短い。

自分と黎は、いずれ死に別れることがあったとしてもそれは数百年単位になるだろう。

だが神羅は…


「私…きっと…仲良く…できる、から…」


悪路王に連れ去られ、現在に至るまで心も身体も休まることがなかった澪がうとうとすると、黎は床に身体を横たえさせてやって背中から包み込むように抱きしめて束の間目を閉じた。


どう想いを伝えれば傍に居てくれるのだろうか?

人と妖は全く別の生き物だが、同じように感情があり、好き合ったりもできるのに。


何故あんなに儚い微笑を浮かべるのか?

何故、何故――
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