千一夜物語
翌朝、自室でたっぷり睡眠を取った後、本来苦手なはずの日光を縁側に寝転がって浴びていると、子狐姿の玉藻の前が腹の上に乗って箱座りをして寛いだ。


「黎様、朝廷には陰陽師も大勢居ましてよ。大丈夫なのですか?」


「俺が陰陽師如きにやられるものか。狙いは女帝のみ。ちょっと見てきて、やれそうだったらやってくる」


「やる?やるとは何を?」


にやりと底意地の悪い笑みを見せた黎にうっとりした玉藻の前のふかふかの耳をぐりぐり撫でていると急に重さが加わり、人型になった玉藻の前は全身をすりすりして黎に思い切り顎を押されてのけぞった。


「いやん、玉藻をもっと可愛がって下さいまし」


「俺を襲おうとするな。留守中頼むぞ、牙と一緒に町の見回りをして来い」


「承知。黎様、お気をつけて」


むくりと起き上がった黎は腰に刀を差してふわりと空に浮いて浮浪町を飛び去り、春の日差しに目を細めながら平安町――都の中心にある朝廷を視界に捉えた。

元々神職に就いていた帝には妖を殺めることのできる武器を作る力を持っている。

もし大量に生産された場合、あまり興味はないのだが同朋が殺されるのは少なからず心を痛めるはず。

それが鬼族ならば――今や始祖と呼ばれる一族の当主としては、無視のできない案件だ。


「あれだな」


巨大な朝廷が見えてくると、黎は朝廷を包み込むようにしてうっすら包まれている結界を見つけてちょんと指で突いた。

…ぴりりとする程度だ。

天叢雲ですり抜けられる程度の大きさに結界を斬って侵入した後ばれないように結界を塞ぐと、まだ早朝で人もまばらな広い庭園を漆喰の垣根の上を歩きながら見て回った。


――朝廷の最奥には帝の住まいのある御所がある。

帝とは本来人前にほぼ姿を現すことがなく、きょろりと辺りを見回していると――御所の庭の一角に小さな神社のような建物があり、鳥居があった。


「なんだあれは」


気配を殺してじっと見ていると、御所から虫垂れぎぬ姿で顔を隠した女が神社へ向かって渡って行く。


くんと鼻を鳴らした黎は、その女が醸し出す高貴な匂いと神職の者独特の匂いを嗅いでにやりと笑った。


「あれが女帝だな」


見つけた。

美味しく頂く予定の獲物を。
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