千一夜物語
長い髪を高い位置で一本に結び、引き結ばれた唇は化粧っけはないものの桜色で美しく、きっと睨んでくる目が印象的な女帝。

女帝の背後には祭壇があり、夜叉の仮面と鏡が祭られていて、全体を眺めた黎は自然な動作で女帝に近付いて身構えさせた。


「私を殺しに来たのですか…!?」


「ああ、まあひとまず様子見にな。しかし…ちょっと細いな。身が少なくてあまり好きじゃない」


なおも弓を構える女帝の前に立った黎は抜刀せず、上から下まで女帝を見てひとつだけ褒めた。


「だが胸だけは大きい。そこだけは食い甲斐がありそうだ」


「…!お主はまさか…浮浪町を仕切っているという妖なのですか!?」


妖がこうして人前に姿を現すのは大抵襲う時だけ。

黎が醸し出す妖気と雰囲気、そして圧倒的な美貌に低俗な妖ではないと瞬時に悟った女帝が一歩後退ると、黎は頓着なく女帝の脇を通り過ぎて祭壇の前に立った。


「武器はどうした。ここで作っているんじゃないのか?」


「そこまで知っているのですね…?お主はやはり…」


「浮浪町のことか?あれは汚い町だったが、俺がある程度きれいにしておいてやったぞ。その礼に食わせろ」


…あけすけもない。

だが話をすれば分かってもらえるかもしれないと考えた女帝が振り返ると――その喉元を黎の大きな手がぐっと掴んだ。


「うぅ…っ」


「首も細い。なんだ…がっかりだ」


「わ、私を食えば…朝廷の者たちが、動き出しますよ…!」


「人の軍隊などさして脅威はない。ああでも…ここは美味そうだ」


「!」


神官衣に手をかけた黎は、右の神官衣をぐっとずらして右肩を露出させると、瑞々しい鎖骨と肌に喉を鳴らした。


「今まで食ってきた巫女は美味かった。さて、女帝ともなればもっと美味いだろうな」


「やめ、なさい…!」


――牙を尖らせて噛みつこうとした時――


‟それ”は、やって来た。
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