千一夜物語
「帝は嵯峨野の静養地にて出産されるとのことで、明日御所を発たれます」


「…何故御所で産まないんだ?」


「巫女時代の仲間を頼りにされるとのこと。寺にてご出産予定とのことでした」


…何かがおかしい。

直感がそう告げていて、黎は顎に手を添えて考え込んだ。

子が生まれるには十月十日かかる。

それよりも早く出産の準備を始めたということは―腹の中で子が育ちすぎている可能性もある。

鬼族の子は十月十日よりも早く生まれてくることが多く、それを想定した黎は、烏天狗を下がらせた後澪を呼び出して、その手を優しく握った。


「澪、俺はしばらくここに戻って来ないかもしれない」


「神羅ちゃんの件で…?」


「そうだ。あれが出産するまで見届ける。百鬼夜行はちゃんと行うから心配するな」


「心配なんかしてないよ。むしろお休みしてほしいと思ってる位だよ。…黎明さん、神羅ちゃんを見守ってあげてね。攫って来てもいいからね」


すでに真名を教えていた澪に真名を呼ばれてふんわりした気分になった黎は、澪をぎゅっと抱きしめた。

気配を遮断する能力には自信がある。

金輪際会いたくないと神羅に言われたものの、今回ばかりはそれを容認することができなかった黎は、その夜いつものように百鬼夜行を行い、眠らないままその足で御所に向かった。


朝廷の前には仰々しい牛車が止まっていて、護衛の姿も数多くあった。

黎は鼻を鳴らしながら御所に向かい、代々家に伝わる姿を隠す羽衣を頭から被って神羅を待ち受けた。


「主上、そろそろ参りましょう」


「はい」


自室から出て来た神羅が大きくなった腹を撫でながら微笑んだ。

十か月ぶりにその姿を見た黎は――愛しさに胸が詰まりながらも、一言も発することなく神羅を見つめ続けた。


――もうすぐ、産まれてくる。


その子を見て、自分も決心がつくだろう。


業平の子ならば、もう神羅を諦める。

もし自分の子ならば――


「…お前を攫う」


決意を固めて、神羅を牛車に乗る神羅を見守った。
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