千一夜物語
女帝の肩に噛みつこうとした時――神社の外でがしゃんという重たい音がして、顔を上げた黎はそこそこの妖気を感じて舌打ちをした。


「俺以外の妖が何故?」


「また来たのですね…!?」


その口ぶりからして外の妖を知っている風な女帝の肩をどんと押して室内に残した黎は、鞘に手をかけて外に出た。

それは――山のように大きく、上半身のみの髑髏の妖で、古くから居るとされてきたがしゃどくろという妖で、やみくもに人に襲いかかっては己の力として使役してしまう厄介な相手だ。



「お前の主人は誰だ」


話しかけても答えないのは分かっていたが、がしゃどくろが口から真っ青な炎を吐き出すと、人の大きさの髑髏が何十体も現れて近衛兵たちに襲い掛かっていた。


「おい女帝、あれを見たのは今日がはじめてか?」


「…違います。何度か現れてからくも撃退しましたが…兵の皆が大勢やられてしまって…」


――どこかの妖にすでに目をつけられているのか?

だがそんなことはどうでもよく、先に目をつけられたとしても自分が美味しく頂くのだと俺様全開な黎は、暴れているがしゃどくろを無視して再び神社の中へ入って女帝の顎をぐっと掴んで上向かせた。


「お前は俺の獲物だから横取りされるのは我慢ならない」


「私は誰のものでもありません。お主にも食われないし、私をつけ狙っている妖にも食われません」


少し吊った目でまっすぐ睨んできた女帝の強気な表情ににやりと微笑んだ黎は――突然女帝の右肩に牙を突き立ててうめき声を上げさせた。


「う…っ、な何を…!」


「美味い。やっぱり美味かった。よし、お前をつけ狙っている妖は俺が殺してやる。だから俺に食われろ」


突然の提案に言葉を紡げずにいると、黎は反論がないのをいいことにぺろりと傷口を舐めて、祭壇に祭られている夜叉の仮面を顔に被せた。


「あ、それは…」


「ふむ、禍々しい気だな。だがこの程度で俺の意識を乗っ取れるものか。おい女帝、お前の名はなんという?」


とりあえずはあのがしゃどくろをどうにかしてもらわなければならない――


「…神羅(しんら)と申します」


「俺は黎だ。真名ではないが、そう呼べ」


鞘からすらりと天叢雲を抜いた。

神羅はその妖刀に破顔しつつも、細くも力強い黎の後ろ姿に一瞬見惚れて、何度も首を振った。
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