千一夜物語
だが――おかしなことが起きていた。

出産を終えて御所へ戻って来るはずの神羅が、いつまで経っても戻って来ない。

一刻も早く心の平静を取り戻したい黎は、数日が過ぎても朝廷から何の発表もないことに業を煮やして苛立ちを隠せないでいた。


「どうなっている?何故あれは御所に戻って来ないんだ?」


「主さま…もう気になさるのはおやめになった方が」


玉藻の前にやんわりと窘められたものの、黎としては今後神羅の子が成長して次代の帝に就いた時、友好的な関係を結ばなくてはならない。

元気な産声を上げていた神羅の子にもしかして何かが起きたのか――?

…人の赤子はとてもか弱く病に罹りやすい。

何かがあったのかと縁側で考え込んでいる黎の隣に座った澪は、黎の膝に手を添えて小さく揺すった。


「心配だね…。だって赤ちゃんが生まれたらすぐに発表があると思ってたのに」


「…何かがあったのかもしれない」


「例えば?」


「…人と妖が手を結ぶなど正気の沙汰じゃないと思っている連中も居るはずだ。その連中らが…」


その連中らが、神羅や神羅の子を殺そうとするかもしれない可能性――


その考えに至った時――心臓が止まりそうになった。

もう神羅のことで振り回されたくないと思っていたのに、何ら発表もなく朝廷の動きもない。


時間はかかるが神羅のことはもう諦めて澪を大切にしようと思っているのに、一体何故――


「…少し動きを探る。澪、いいか?」


「うん、私は全然大丈夫だよ。主さまの思うように…」


そう言いかけた時――

朝廷の様子を探っていた烏天狗がものすごい勢いで戻って来た。


「主さま、大変です!」


「な、んだ…?!」


――怖かった。

また自分を惑わせる知らせなのではないか、と手が冷たくなって胸元をぎゅっと握った。
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