千一夜物語
上空で牙と合流した黎は、何が何だか訳が分からず目を白黒させている牙と共に幽玄町の屋敷に戻った。

平安町も蜂の巣を突いたような騒ぎになっていたが、今はそれどころではない。

屋敷に戻った黎は、すぐさま澪の部屋へ行ってその手を取って素直に自身の想いを告げた。


「澪…今から神羅に会って来る」


「うん。黎明さん…神羅ちゃんを疑ってるんでしょ?」


「ああ。俺は絶対に産声を聞いたんだ。死産なはずがない。澪…業平は神羅と離縁すると言っていた。だから…」


黎が何を言いたがっているのかすぐ気付いた澪は、死産と出家を知った時に、決意をしていた。


「黎明さん、神羅ちゃんををここに連れ帰って来てね」


「澪…いいのか…?」


「うん、だって黎明さんは神羅ちゃんを諦めきれないでしょ?それは神羅ちゃんも同じだと思うの。ねえ、黎明さん…三人で暮らそうよ。最初から決まってたんだよ。最初から…これは運命だったの」


――澪は、とても強い。

弱ってゆく自分を献身的に看病してくれて、甘えたいはずなのにそれも一切せず、傍に居続けてくれた。

こんなに優しくて強い女に愛されたことを、誇りに思った。

一生大切にしなければ、と思った。


「澪…お前には本当に頭が上がらない」


「えへ、私だって悩んだし葛藤もしたんだよ?でも今の黎明さんは黎明さんじゃないの。私が好きになったあなたじゃないの。ううん、すっごく好きだよ?でもね、出会った時の黎明さんに戻ってほしいから…」


澪は黎をふわりと抱きしめて、耳元で想いを込めて囁いた。


「必ず神羅ちゃんを連れ帰って来てね。やだって言われてもちゃんと説得するんだよ?」


「ああ…分かっている」


澪をぎゅっと抱きしめた後――黎はまたひとりで幽玄町を発った。


運命ならば、もう神羅は逃げないはずだ。

いや――逃げても追い続ける。


もう障害は、何もないのだから。
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