千一夜物語
人は善で、妖は悪――そう教わって育ってきた。

だから妖と交わることなど考えたこともなく、こうして…

こうして鬼族の祖ともいうべき男との間に子を為すなんて――絶対に許されない、と思った。


人と妖は価値観も違えば生き方も違う。

だからこそ両者の間に子などできるはずがないと思っていたのに――


「ああ…なんて可愛いんだ…」


「黎……お願い、見逃して…!」


「…それは無理な願いだ。神羅…その子は人と妖の間に生まれた半妖だ。どちらからも迫害される可能性があり、何より…この子は俺の跡を継ぐべき子になる」


奪い取られてしまう――

神羅は頑なに真っ白な肌の赤子を黎に渡すことを拒み、身を捩って黎の腕から離れて後退った。

その強硬な姿勢に黎はまた神羅に拒絶されて胸を痛めたが、決して譲らなかった。


「神羅、お前が出家を選んだのは…俺の子を身籠ったからなんだな?」


「…産まれる直前までは、業平の子の可能性もあったわ。私…夫婦になったその日の一夜だけ業平と…」


黎の目が嫉妬でぎらりと光ると、神羅はなおも後退って強く叫んだ。


「だけど!臨月になる直前に、夢を見たの!この子が…この子が、‟父様の傍に行きたい”って…!」


――黎は神羅の絶叫に近い告白に、一歩一歩よろめきながら、手を伸ばした。

もう無理だ、離せない。

そんな目で…そんな表情で俺を見る限りは、離さない。


「だから…業平の子じゃないって分かった…。黎…私、この子をちゃんと育てるから。ひとりで大丈夫だから。だから…」


「…俺を強く拒絶してみろ」


「ん…っ、れ、い…っ!」


赤子を潰さないように気を付けながら、神羅を強く抱きしめた。


その目に浮かぶは――恋をしている女の目。


「お前は俺を愛している。俺はお前を愛している。その証拠に…子が産まれた。神羅…もうひとりで耐えるな。その背に背負っているものを全て捨てて…俺の元へ来てくれ」


顔を上げた神羅の唇が、寒さではなく喜びに震えた気がした。


黎はそのやわらかい唇に唇をそっと重ねた。

神羅の拒絶は、なかった。

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