千一夜物語
女帝――神羅の血は、想像以上に甘美な味だった。

肉も柔らかく、衝動のままに引き裂いてしまいたかったが、それは流儀に悖る。

食う時は大抵顔も身体も好みな女を狙い、その身を抱いて甘美な時を与えた後に噛みつき、その血を飲んで失血死させてから、食う。

神羅はそういう意味では絶好の獲物で、思うがままに貪る様を想像しながら天叢雲をひゅっと振った。


「腕が鳴る。おいそこの木偶、俺の速さについて来れるか?」


近衛兵たちは巨大ながしゃどくろに苦戦していてほとんどが怪我を負い、または死んでいた。

猛った黎からは莫大な妖気が吹き出して、神羅は後退りしながら青ざめた。


「黎という妖…とてつもなく強いのでは…」


容姿が端麗なのは強い証。

手足もすらりと長く、よく出た喉仏を動かしてくつくつ笑っている横顔は凄まじいほどに美しく、妖しい。

夜叉の仮面をつけた黎がちらりとこちらを見た気がした神羅はすぐにぱっと視線を逸らしたが、黎は一歩一歩がしゃどくろにゆっくり近づいて、ぼやく天叢雲を叱りつけていた。


『我はあのような木偶の坊は斬らぬぞ』


「じゃあ今すぐお前を折って庭に埋めてやる」


『なに?悠久の時より存在する我にそのような暴挙を…』


「お前を御することができるのは俺くらいなものだ。蔵で眠っていたお前を表に出してやったのは誰だ?」


『……早くやるぞ』


――結局近衛兵は皆倒されて、いよいよ黎を獲物と捉えたがしゃどくろが巨体を揺らしながら黎と向き合うと、黎は軽い拍子でとんと地面を蹴ってがしゃどくろに肉薄した。


巨大故に全く素早さのないがしゃどくろが下に視線を遣った時すでに黎は刀を振り上げて首元を一刀両断していて、そこから青白い炎が一気に噴き出すと、またわらわらと人の大きさの髑髏が現れた。


「ちっ、手ごたえが全くないな。親玉を早く仕留めて俺の前に引きずり出してやる」


神羅を美味しく頂くために。
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