千一夜物語
悪阻が定期的に襲ってきて、政務も満足に行えなくなって床につく日が増えた。

その間もなお不安で仕方がなくて、もし黎との子だったならば…生まれ落ちた瞬間、命を奪われるかもしれないと思った。


人と妖の間に子ができる――

しかもそれが帝という立場の我が身に起きるかもしれないと思うと、恐ろしくて怖くて、誰にも言えなくて、食事も喉を通らなくなったが…腹だけは、どんどん大きくなり続けていた。


「神羅様、伊能が参りました」


「通して下さい」


伊能との面会だけは絶対に断らない。

黎の様子を知ることができる唯一の手段だから。


「こちらは武器の回収をそろそろ終えます。そちらはどうですか?」


「商店が軒を連ねて商売を始めております。短期間でここまで為せたのは主さまの手腕です」


報告をしながらも、伊能がじっと腹を見ていることには気付いていた。

身籠ったと聞いてすぐにやって来た伊能は、黎の子ではないのかと詰め寄ってきたことがある。

あの時はその可能性も否定できなかったが、業平の子だと主張せざるを得なかった。


「…随分と大きくなりましたね」


「…まだ出産は先ですが、順調と聞いています」


「私はまだ疑っております。もしこちらで出産されるのでしたら、業平様との御子でなければ大騒動になります。御子の御命も…」


「分かっています!」


思わず語気を荒げてしまってはっとした神羅は、額を押さえて俯いた。


「このことは内密に…」


「…畏まりました」


自分も思っていたことを伊能に諭されて、ここでは安心して出産できないと改めて知った。


「何とかしなければ…」


私ひとりで。

きっとできる。

きっと、大丈夫。
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