千一夜物語
生まれ落ちた時から目がぱっちり開いていた我が子は――夢に見たように、とても黎に似ていた。

産湯に浸してやると気持ちよさそうに手足をばたばたさせてまるで人の赤子のようだったが、額に生えている小さな角だけが異形で、集まった僧たちはごくりと息を呑んでいた。


「鬼子か…」


「だが角以外はまるで人のようだ…」


半妖をはじめて見た面々がざわついたが、大僧正は彼らをきっと睨んで黙らせて心身ともに疲れ切った神羅を労わった。


「このように愛らしい人型とあれば、父はよほど力に溢れた妖と見える。そうであろう?」


「はい…とても美しく強い方で…」


「さあ神羅、人払いをする故乳を与えてやりなさい」


大僧正以外皆が退出すると、神羅は浴衣の胸元をずらして乳を含ませた。

本能なのかすぐに吸い付いてきた赤子が本当に可愛らしくて飽きずに見つめていると、大僧正はある可能性を口にした。


「神羅よ、最近寺の近くで怪しげな気配を感じる時がある。そなた、ここへ着くまでの間に何かしらの気配を感じなかったかの?」


「いえ、何も気付きませんでしたが…」


「ふむ、私の気のせいであればよいが。よもやこの子の父が迎えに来たのではないかと思ってな。神羅、今日はもう休みなさい。用心のため部屋の前に見張りを立たせよう」


「ありがとうございます」


…大僧正の言葉が気にかかる。

もし黎に気付かれたならば、次代の当主として攫われて引き離されるかもしれない――

それだけは絶対に嫌だった。


「名を考えなくてはね。何がいいかしら…」


なるべく黎の名に近くて響きのよいものを。


神羅は障子を開けて夜空を見上げた。

澄んだ空に大きな月が映えて、すぐに思いついた。


「桂(けい)…お主の名は、佳にします。月の中に生えているという伝説に語られる名よ。父様の名にも似ているでしょう?」


「あぶっ」


返事をしたように聞こえて、障子をしめた神羅はうとうとし始めた桂と共に眠りに落ちた。
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