千一夜物語
数時間置きに乳を与えなくてはならなかったが、それは全く気にならなかった。

とにかく可愛くて可愛くて――

襁褓を替える最中ずっとにこにこした顔で見つめられて、もう目が見えているのかと驚いて額の角を優しく撫でた。


「母様の顔が見えているの?ふふ、やはり人の赤子とは違うのね」


角を触られるのが気持ち良いらしく、撫で続けているとうっとりしたまま眠ってしまった。

数日間寺の中に籠もっていたが、少し外の空気でも吸わせてやろうと思って大僧正に許しを得た神羅は、外に出て冷たく澄んだ気持ち良い空気を吸って、世界とはこんなに素晴らしいものだったのかと笑顔を見せた。


「少しだけ散歩をしましょう。寒くならないように温石を持ってきましたからね」


火で温めた石を懐に抱かせて、柔らかい雪を踏みしめて階段を降りた。

そして――


「…神羅」


その声――

その姿――

もうずっと一年近く見ていなかった、美しい姿――


「黎…っ!」


喉から引きつった声が出て後退った。

だが黎はひたとこちらを見据えて、腕に抱いている赤子を捉えて近付いてきた。


知られてはいけないのに。

見られてはいけないのに。


「お前は屍を抱いているのか…!?」


――死産だと触れを出したため、きっと気が触れているのだと思い込んでいるようだったが…間近に来られてしまうと生きていることが知られてしまう。


…会いたかった。

その声、その姿を思い出さない日はなかった。


だが、この子を守るためには逃げなければならない。


「!駄目よ、駄目…っ!」


その時赤子が手を伸ばして動いたため、慌てて声を上げて背を向けてしまったのが運の尽き。


ああ、知られてしまった――と思うと、後悔で胸がいっぱいになって、背中から抱きしめてきた黎の久々に嗅ぐいい匂いにくらくらした。


「角…!」


奪い取られたくない。

どうか、見逃してほしい――


だがその願いは聞き入れてもらえず、また黎の腕を拒むこともできず――


今までずっと黎を待っていた自分を知って、涙を落とした。
< 255 / 296 >

この作品をシェア

pagetop