千一夜物語
神羅は元々ほっそりしていたが、心労もたたったせいか、出産前よりかなり痩せていて、黎を心配させた。


「俺たちは人の食事なんか必要ないからな、どうすれば…」


「黎様、私にお任せ下さい」


縁側で頭を悩ませていた黎に声をかけたのは伊能だった。

伊能は神羅がここへ戻って来ると聞いて、幽玄町の畑で実った野菜や牛、豚、鳥などの肉類などを取り寄せていて、自信満々に胸を叩いた。


「幽玄町の者には定期的にお屋敷へ食材を運ばせるよう手筈を整えております」


「そうか、それは助かる。お前は本当に有能だな」


食材と聞いて澪と共に台所に向かった神羅は、大量の食材を前にため息をついた。


「私は慎ましやかで質素な暮らしを望んでいるのですが…」


「あのね、黎明さん細すぎるのは好みじゃないんだって。神羅ちゃんすっごく痩せたでしょ?でも胸は大きいなんてずるい!」


胸をわしづかみにされて思わず叫び声を上げた神羅だったが、巫女時代は台所当番が多かったため、料理にはそれなりに自信があった。


「神羅ちゃんだけひとりで食事するのは寂しいだろうから私も食べよっかな!」


「え…でも食べなくても平気なのでは?」


「味覚もあるし美味しいって感じることはできるよ。食べるっていう習慣がないだけ。ふふふ、親子水入らずでご飯っ」


ふたり目の母になると宣言された時、正直嬉しかった。

自分は先に死ぬのだから、桂が寂しがることのないように澪にも子育てを手伝ってもらえたらと思っていたから。


「恐らく明日には私が自死して埋葬されたという知らせが朝廷に入るでしょう。民を裏切っているようで申し訳ないわ…」


「でも、民より黎明さんでしょ?違うの?」


「い…いいえ…違わないわ…」


真っ直ぐな澪の物言いにいかに自分が真面目過ぎるのかを痛感しつつ、腕まくりをした。
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