千一夜物語
――いざ神羅が手の届く所に居るとなると…どう接したらいいのか分からなくなって、ひたすら桂をあやし続けた。

夜には百鬼夜行に出なければならず、夕暮れが近付いてきて続々と庭に百鬼たちが集まって来ると、黎が腕に抱いている赤子を見て皆が目を丸くしていた。

そこで彼らを集めて箝口令を敷いた黎は、赤子と神羅の存在を一切漏らさないようにと強く言い聞かせて明日起こるであろう騒ぎを事前に伝えた。


神羅の死――偽りではあるが、神羅の存在をこの世から抹消する。

骸はすでに火葬して埋葬したと大僧正が朝廷に知らせる手筈であり、骸なき葬式が盛大に行われるだろう。


「黎…そんなにうまくいくのかしら」


「お前は考えすぎだ。大僧正という立場にある者が嘘などつくはずがないと皆が思うはず。お前は一生平安町には戻れないが、それを選んだのはお前自身。そして俺の願いだ」


黎の横顔をじっと見つめていた神羅は、ふと目が合ってしまって慌てて目を逸らした。

神羅もまた黎とどう接したらいいのか分からず、立ち上がった黎を見上げて微笑んだ。


「行くのね?」


「お前との約束だからな。お前がここへ暮らすことになっても約束は違えない。次の帝に誰が起つかは知らないが、それなりにうまくやっていくつもりだ」


「ありがとう。帰りをこの子と一緒に待っています」


「…ん」


「主さま、行ってらっしゃーい」


もう黎を送り出すことに澪は慣れていたが神羅ははじめてのことで、黎と神羅がしきりに照れる中、澪は食卓に次々と料理を並べて黎を残念がらせた。


「…今から食うのか?」


「うん、ちょっと遅くなっちゃったから、明日からみんなで食べた後百鬼夜行に出たらいいんじゃない?」


「…そうだな。そうする」


名残惜しそうに何度も振り返りつつ黎が百鬼夜行に出て行く。

澪は吹き出しながら両手を合わせて頭を下げた。


「いただきます!」
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