千一夜物語
明るいところで黎の身体を見たことがなかった。

だが手には黎の身体の感触がまだしっかり残っていて、肩に触れると全く同じ手触りに笑みが漏れた。


「神羅?」


「業平とは全く違うのね」


「…その男の話はするな。たった一度とはいえお前を抱いた男だぞ、押し掛けて殺したいのを我慢しているんだ」


「大丈夫よ、私、全然覚えてないから。気が付いたら終わっていたの。感覚が全くなくて…私、全身で拒絶していたのね」


――夜明けが来て風呂場に差し込んだ光が神羅の身体を照らして、その美しさに目を細めた。

左胸の傷口は消えていたが、傷跡はある。

それが可哀想で、湯に浸かると神羅を膝に乗せてその傷口に指で触れた。


「跡が残ったな」


「命は助かったのだからいいの。黎明…私の主さま…」


神羅はまだ出産を終えたばかりで、無理強いをすることはできない。

身体が癒えるまで待って、神羅がこの暮らしに慣れた頃愛し合いたいと思っていたのだが、実際神羅に触れてみると――その決意はぐらぐらに揺れていた。


…神羅がじっと唇を見ていることに気付いた黎は、細い腰を抱いて斜めに顔を近付けると、ゆっくり唇を重ねた。

漏れる吐息と声に脳髄がとろけそうになって、舌を絡めると全身が痺れるような感覚に襲われて、無我夢中で唇を求めた。


「…やっぱり俺はお前を壊したいんだな」


「どういう、意味…?」


「澪にこんな風に求めたりはしないが、お前には全身全霊をぶつけて愛したいと思ってしまう。あれはまだ若く幼いからな、今後次第というところだ」


「澪さんはいくつなの?」


耳元でぼそりと囁かれると、澪の実年齢を知った神羅は目を真ん丸にして黎の首に腕を回して抱き着いた。


「そんな…あんなに若くて可愛いのに!」


「鬼族ではとても若い方だ。ちなみに…俺の年齢は訊くな」


神羅の胸の感触がとても気持ち良くて、しっかり抱きしめてまた唇をねだった。


――なるべく長く生きて傍に居てもらいたい。

妖の間では霊薬と呼ばれているものが数多くあり、それを全て神羅のために探し出して飲ませる――


少しでも…

少しでも長く、愛するために。
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