千一夜物語
風呂から出て温まったふたりは、部屋に戻ってひとつの床にふたりで寝て抱き合った。


…こんな日が来るなんて、とふたりとも思っていた。


桂が熟睡してくれていたため思う存分黎の胸に頬を寄せて、その温もりに酔いしれた。

まだ下腹部が痛むため黎に抱かれるのは無理だとしても、こうして抱きしめてもらえるだけで幸せだった。


「神羅、ささやかだがお前との祝言を挙げたいと思う。どう思う?」


「祝言…?黎と…私の…?」


目が輝いた神羅の頭を抱きしめて口付けをした黎は、神羅が喜んでくれていることが嬉しくて、腰を抱き寄せてさらに身体を密着させた。


「そうだ。お前は死んだことになっているし、俺の親にも知らせることはできないが…それでもいいなら挙げたい」


「…」


突然神羅が黙り込んだ。

この神羅の沈黙を何よりも不安に感じて嫌な予感しかしない黎は、顔を覗き込んで指で唇に触れた。


「どうした?また何を憂いている?」


「…澪さんとはまだ祝言を挙げていないんでしょう?私ならその後でいいわ」


「何故順番なんか気にするんだ」


「だって生涯黎の傍に居るのは澪さんでしょう?こういうのはとても大切なことなのよ。澪さんは許嫁なのだし、大々的に祝ってあげないと。だから私は…」


「お前は本当に…自分を優先させることのない女なんだな。我が儘位言えばいいのに」


「ここへ来たいと思ったのが私の最大の我が儘よ。黎、これも私の我が儘だと思って。澪さんが先。次が私。それでいいから」


「分かった。澪との祝言はいずれ挙げなければならなかった。そうなると…うちに俺の親もやって来るな」


どきっとした。

黎の父に自分たちの存在を見つかってしまえば――排除される可能性があることを思い出してぞっとして身を震わせると、黎は不安に揺れる神羅を励ますようにまた強く抱きしめた。


「心配するな。俺を信じてくれ」


「…ええ。信じている」


「当主は俺だ。お前たちを知られたとしても、何も言わせないしさせない」


決意にぎらつく目をして、抱き着いてきた神羅を包み込むようにして目を閉じた。
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