千一夜物語
準備はひと月をかけて行うことにした。

夜には百鬼夜行に出なければならず、黎はその勤めの最中でも、神羅の命を少しでも永らえさせることができる霊薬を求めて情報を聞き回っていた。

身体に良い薬草があれば採りに行き、それを煎じて神羅に飲ませるため、持ち帰った。


「神羅、これは妖の間で伝わる寿命を延ばす霊薬だ。飲め」


「…ありがとう。後で飲みます」


黎に笑顔を向けて自室に下がると、神羅は貰った霊薬を小さな壺に入れて飲むことはなかった。

…黎は少しでも長く生きてもらいたいと思っているだろうけれど、自分はいつまでも若くはない。

澪のように若さを保ったまま年月を生きてゆけるのならば飲んでいたかもしれないが、きっとそういうわけにはいかない。


「黎…人は老いるのよ」


大僧正はこの時代に珍しく長生きしているが、大体は長くとも四、五十歳程度で皆死んでゆく。

だんだん皺ができていって身体も弱くなっていって、いずれ重荷にしかならなくなった中生きてゆくのは…とてもつらい。

それくらいなら、こんな薬は飲まずに自然に寿命を全うした方がいい。


「桂…お主は違うわよ。父様の傍で全てを学んで支えてゆくのですよ」


――そうやって連日のように黎は霊薬と呼ばれる薬を飲ませようと持って来たが、神羅は一粒も飲むことなく壺の中にしまい続けた。


黎は、日増しに神羅への想いを募らせ続けていた。

以前澪に説明したように、神羅は先に死んでしまうのだから、平等に愛そうとしてもどうしても想いは神羅に偏る。

澪は文句ひとつ言わずにそれを受け入れてくれた。


神羅が屋敷へやって来て二週間後――

体調も戻り、桂の世話も慣れてきて心の余裕ができた神羅が美しく見えて仕方が無くなった。


このままでは頭がおかしくなってしまう――

そう思った矢先――その知らせは届いた。

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