千一夜物語
今は安全だとしても、自分を食おうとして現れた黎への警戒を一切解いていない神羅は、夜叉の仮面を外して大きな柱に身を預けて座っている黎からかなり離れた所に正座した。


「お主は何者なのですか?」


「鬼だ」


「…何をしにここへ?」


「元巫女の女が帝位に就いて対妖用の武器を製造しているという噂を聞いてな。まあ、本音を言えばお前を食うのが目的だ」


本音を語って無邪気な笑みを見せた黎に神羅は呆れながら脇に置いた弓に手を置いた。


「今は食うつもりはないということですね?」


「よその妖から狙われているんだろう?どんな奴だ」


「分かりません。ですが私が武器を作り始めてからのことですから、それが気に食わぬ者なのでしょう」


「ふうん、俺たちを殺めてなんとする。住み分けはしていたはずだが」


――神羅はきゅっと唇を引き結ぶと、腰を上げて戸棚から一枚の地図を取り出して黎の前に座って見せた。


「北の地の一角より、妖が多くの人を殺めているという知らせが届きました。それも無差別に無残に殺されて食われているのです。これで住み分けができているとでも?」


「それは知らなかった。…お前はその親玉に狙われているというわけだな?」


「恐らくは。…お主は先程私の用心棒になると言いましたね?信じていいのですね?」


…妖の言うことを信用などしてはいけない。

だが腕を組んでじっとこちらを見ている黎からは少なくとも邪悪なものは感じられないし、信用してもいいのではと神羅に思わせた。


「用心棒か。してやってもいいが、対価はなんだ?」


「…金銭や食料などは?」


「俺はぼんぼんだからな、そんなものに興味はない。そうだな、ひとまずは…」


手を伸ばして神羅の首に手を回すと、地図に目を落としていて無防備だった神羅を引き寄せて――


そのきれいな唇を、奪った。
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