千一夜物語
黎は百鬼夜行から戻って来ると、神羅と共に部屋に引き篭もって出て来なかった。


人臭さを消す方法――

最も簡単な方法ならば、無知な自分でも思いつく。

だが、黎を責められなかった。

どれだけ神羅を想い続けていたか、知っていたから。


「黒縫、これ私に似合うと思う?」


『とてもお似合いですよ。きっとお父上もお母上も喜んで下さいます』


白無垢衣装を胸に抱きしめた澪は、口では神羅を優先してほしいと言いながらもやはり寂しさは募っていた。

そういう時はこうして黒縫と過ごしたり、幽玄町に出て人々と接したりしてやり過ごしてきた。

神羅からもとても気を遣われていると感じていたが、それはこちらも同じこと。


「同じ殿方を愛しちゃったんだから、仕方ないよね」


黎には自分と神羅のどちらかを諦めるという選択肢はなく、また自分にも黎を諦めるという選択肢はなかった。

神羅はどうにかして黎を諦めようとしていたが――あんなに美しく強い男なのだから、それは無理だろうと思っていた。


「私は大々的に祝言を挙げることができるんだから、それ位は喜んでいいよね?」


『ええ…。澪様、あなたも相当色々我慢してきたでしょう?あなたも我が儘を言うべきだと私は思いますが』


「ふふ、黒縫ったら。好き!」


黒縫を羽交い絞めにして戯れていると、風呂上がりの黎が部屋に顔を出しにやって来た。


「あ、黎明さん…」


「澪、明日は祝言の日だ。準備はいいか?」


「うん、別に大丈夫だよ。ちょっと緊張するかもだけど」


背を向けて正座した澪の心情を慮った黎は、背中から抱きしめて囁いた。


「澪…すまない。俺はお前に色々強いているな」


「ううん…。この位は覚悟してたから」


「俺は至らないから、お前にはどんどん我が儘を言ってほしい。出来うる限り応えるから」


「うん…ありがとう」


ふたりの女を平等に愛したい。

だが現実はそうもいかず、何度も澪に謝って気が済むまで甘えさせた。
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