千一夜物語
神羅は度々席を外した。

屋敷の最も最奥の客間が伊能の部屋で、そこへ行って桂に乳を与えてやらねばならなかったからだ。

桂はぐずりもせず泣くこともなく、大人しくしていた。

度々席を外す神羅に皆が首を傾げていたが、いわば鬼族の名家の集まり――庶民の家に生まれたのだから気後れしているのだろうと気を遣って追及することはなかった。


「黎明、こんな日なのだから百鬼夜行は行かなくてもいいんじゃないか?」


「そういうわけにはいかない。これは人と俺が交わした契約なんだ。おいそれとさぼるわけにはいかない」


「そういうことなら、先程言ったがこの父も連れて行け」


「別に構わないが、死んでも知らないぞ」


「誰が死ぬか。これでもまだ現役の頃と変わらんのだぞ」


庭には多種多様の百鬼たちがすでに集まっていた。

その顔触れは多岐にわたり、中にはいがみ合っている種族の者たち居たが、肩を並べて楽しそうにしているのを見た黎の父は、息子の成果に頬を緩めた。


「最初はどうなることかと思ったが…何も問題ないようだな」


「ああ。まだ誰も死んでないし、人を襲う連中も目に見えて減った。母さん、玉藻を見張りに置いて行くが用心のため出歩かないでくれ」


「分かりました。黎明、気を付けて行くのですよ」


母に送り出された黎が空を行くと、澪と神羅は手を振って黎を送り出した。


だがまだ気を抜くわけにはいかない。

父母が何も気づかず明日この屋敷を発つまでは、気は抜けない。


澪と神羅は気を引き締めて背筋を正した。
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