千一夜物語
屋敷に残ったのは黎の母ふたりと、澪の両親と玉藻の前。

そして伊能が他の部屋で桂を隠してくれているのだが、正直気が気ではない。

神羅はそこそこ酒が飲める方だが母乳で育てているためあまり飲むわけにはいかず、その分澪が豪快に酒を飲んでいて、陽気に皆を接待していた。


「黎明とはどこで出会ったのですか?」


「えっ、あ、はい…その…家の近くで妖に襲われていた私を助けて頂いて…」


…嘘は言っていない。

ほう、と息をついた面々は、酒を飲みながら息子の話に花を咲かせた。


「あの子正義感がとても強いから見兼ねたのでしょうね。それで?黎明が通ったのですか?」


「え、ええ…そうですね…」


神羅がしどろもどろになると、澪はずいっと身を乗り出して話を変えた。


「ところで黎明さんって小さな頃はどんな感じだったんですか?」


「兎や犬や猫…獣と獣型の妖が大好きで、山から拾ってきては育てていましたよ。おかげで我が家は今でも獣が多くて大変!」


笑い声が上がって話題が変わったため澪に感謝しつつほっと胸を撫で下ろしていると――


「…あら?何かの泣き声…?」


黎の母がぽつりと呟いた声に、はっとした。

泣いているのは――桂だ。

とうとう泣いてしまったかと慌てた神羅は、さっと立ち上がって皆の視線を集めた。


「私、ちょっと厠へ…」


足がもつれそうになりながら廊下に出て、だんだん大きくなってくる声目掛けて小走りに歩き続けた。


「桂…!」


「申し訳ありません、どうあやしても泣いてしまって…」


伊能が心底困った顔をしていて、桂を抱いた神羅は涙を拭ってやりながら優しく揺らしてあやしてやった。


「もう少しの我慢ですからね」


「あら…やはり赤子の声でしたか」


「っ!お…お母様…!」


――見つかってしまった。

神羅は絶望に目を閉じて、ぺたんと座り込んだ。
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