千一夜物語
背を向けて桂を庇ったが――黎の母はゆっくり部屋の中に入って来て、目をぎゅうっと閉じて動かない神羅の背中を撫でた。


「半妖…。ではあなたは…鬼ではないのですね?」


「…はい…申し訳ありません…。ですが、この子だけはどうか…どうか見逃して下さい…っ!」


悲鳴のような声を上げてうずくまった神羅の悲痛な様に黎の母は手を離してすっと背筋を正した。


「あなたはもう鬼頭家の者。威厳を持って背を正しなさい」


「…!?ですが…私は…私は人です!黎…主さまの嫁は務まりません…!」


「いいえ、これで納得がいきました。黎明が人と手を結ぼうとしたのは、あなたのためなのですね?」


…もうこれ以上嘘はつけない。

神羅は涙で目を真っ赤にしながらも背筋を正し、黎の母をまっすぐ見つめた。


「私は帝でした。名を神羅を申します。悪路王という妖に襲われていた私を助けてくれて、それから…」


言葉を詰まらせる神羅の背中にまた手を伸ばして撫でてやった黎の母は、人との許されざる恋の果てにきっと悩み抜いたであろうふたりの心情をとても推し量ることができず、息を切らして追いついてきた澪に目を向けて微笑んだ。


「まあ、あなたも知っていたのですね?」


「あ、あのっ、知ってました。ごめんなさい!でも…殺したりしないですよね!?黎明さんの子ですよ!?」


黎の母が黙ってしまうと、澪は神羅を庇うようにして身体を割り込ませた。

少しの沈黙が流れた後――黎の母は、神羅の頬に手を伸ばした赤子に頬を緩めて目を閉じた。


「ええ、もちろん殺したりしません。ですが…これからどうするおつもり?旦那様をどう騙すおつもり?」


「それについては…三人で考えました」


澪と神羅は全てを白状した。

部屋に結界を張って誰にも聞かれないようにして、全てを白状した。
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