千一夜物語
その頃黎は――出張る父を諫めるのに手を焼いていた。

何せ冷静に見えるが実のところは戦うことが大好きで、当主の頃は戦があると聞けば駆けつけて先陣を切って戦うほどで、黎たちを冷や冷やさせていたのだが――


その父が現在大暴れ中。


「ぬ…主さまの父ちゃん、すんげえ」


「おい親父、あまり前に出るな。百鬼夜行を率いているのは俺だぞ」


「お前の物は俺の物。けちけちするな」


だがそんな父でも天叢雲を御することができなかったため、黎が天叢雲を振るう様を見て羨ましそうに何度も唇を尖らせていた。


「そいつはもうずっと蔵で眠っていたんだが、黎明と俺の何が違うんだ」


「若さじゃないか?」


父は人前では‟私”と言い、黎の前では‟俺”と言う。

飾らなくて済む相手と接する時はとことん俺様になり、黎に何度も叱られていた。


「ところで黎明よ、桃花嬢の方はお前の母によく似ているな」


「そうか?考えたことなかった」


「危うく惚れかけたぞ」


「ふざけるな。もう二度と親父には会わせない」


「あの儚い感じがたまらんな。今にも命の灯が消え失せそうな危うさというかなんというか」


「…今日はもう戻る。祝言の日くらい早めに切り上げても罰はあたらないだろう」


黎が踵を返すと、黎の父は肩を竦めて刀を鞘に収めた。


「つまらんな、もう終わりか」


何か感付かれては困る。

物足りなさそうな顔をしている父をなんとか諫めて幽玄町へ向かった。
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