千一夜物語
その日、黎は神羅の亡骸を片時も離さずに抱きしめ続けた。

そんな黎に澪が口を挟めるはずもなく、百鬼夜行には気丈にも桂が代行として行くことになり、澪はささやかではあるが神羅の葬儀を行うため、準備を始めていた。


「父様…帰りました」


桂が百鬼夜行から戻っても、行く前と全く同じ場所で神羅を抱きしめていた黎の悲哀が深すぎて、傍に座った桂は黎の冷たい手にそっと触れた。


「母様を埋葬してやりましょう。このままでは傷んでしまいます」


「桂…すまないな…。俺はまだ…神羅を失ったことが信じられないんだ」


「俺もです。だけど父様、前を向かなくては。俺が父様を支えます。澪母様も。だからあまり嘆かないで下さい」


そう愛息に言われてはじめて、黎は神羅を離して床に横たえさせた。

もう亡骸は冷たくなっていて、どんなに必死に温もりを与えようとしても、与えることができなかった。


「父様…蔵に入ってもいいですか?ちょっと調べたいことがあるんです」


「蔵に…?」


蔵には実家から移してきた様々な文献や代々の当主が書いた書物が残っていた。

急に桂がそれを見たいと言い始めたため、黎が眉を潜めると、桂は神羅の髪を撫でてやりながらふっと笑った。


「どうしても調べなければならないことがあるんです」


「分かった。神羅を埋葬したら…鍵を渡す」


眉間を押さえて涙を堪えている黎の背中を何度も撫でた。

何度も何度も撫でて――今後自分が進むべき道を見出すために、動き出そうと決めていた。
< 290 / 296 >

この作品をシェア

pagetop