千一夜物語
数年が経っても桂からは文のひとつもなく、音沙汰がなくなっていた。


黎は桂の文に書かれてあることを信じて探し出すようなことは今までしてこなかったが――


澪に、ある異変が起きた。


「う…っ!」


「澪!?どうした!?」


口を押さえてうずくまった澪の背中を撫でながら気が動転した黎は、綱に薬師を呼ばせて澪を床に横たえさせた。

まさか――まさか神羅の時のようなことが起きるのではないかと思って、祈るような思いで薬師の診察を見守った。


「おめでとうございます、ご懐妊でございます」


「…は?そんな…そんなはずはない。だって桂が…」


――桂が居るから、ふたり目の子に恵まれるはずがない。

そう思った瞬間、黎はとある可能性に気付いて口元を押さえた。


「赤ちゃん…!?おかしいよ、絶対違うもん!だって桂ちゃんが居るんだから、私に赤ちゃんができるはずない…っ」


薬師が戸惑う中、黎は脱兎の如く澪の部屋を出て桂の部屋に入ると、物色を始めた。

突然蔵で調べたいものがあると言い始めた理由がきっとある。

焦りを覚えながら探し続けていると、本棚の書物の間に何かが挟まれてあったのを見つけた黎は、それを目にして合点がいった。


「桂…!おまえ…!」


『もしひとり目の男子が何らかの理由で死んだ場合、ふたり目の子は必ず産まれる。その場合、やはり男子である』


桂は――死んでしまったのだ。

だから、澪がふたり目を身籠った。


「桂…っ!」


神羅との忘れ形見さえもが、逝ってしまった――


黎の悲しみには途方もないものがあったが、それでも身籠った澪の傍に居てやらねばと萎える足を叱咤して部屋に戻った。


どんな顔をして澪に説明すればいいのか――

言葉が見つからず、戸惑っている澪の手を握り続けた。
< 293 / 296 >

この作品をシェア

pagetop