千一夜物語
黎は、ぽつぽつと理由を澪に話し始めた。

当主になった時、確かに今までの当主が書いてきた書物や文献には全て目を通してきたが、大して興味がなかったため流し読みしていたことが仇になった。


「桂ちゃんは…死んじゃったの…!?」


「…そう思うより他ない。だからお前が身籠った。澪、俺は桂の足跡を調べる。お前は何も考えず、身体を労わってくれ。澪…身籠ってくれてありがとう」


澪にとってはもう黎の子を産むことは諦めていた。

だからこそ素直に喜べずにいたが、じわじわと実感が沸いて、腹を押さえて涙を流した。


「私…喜べないよ…。桂ちゃんも神羅ちゃんも居なくなって…最初から居なかったみたいになっちゃった…っ!」


「…最初から居なかったなんて言うな。神羅も桂も、思うように生きて、思うように死んだんだ。桂の死因についてはちゃんと調べる。だからお前は気にするな」


泣きじゃくる澪をどうにか宥めて部屋の外に出た黎は、待っていた牙と玉藻の前に低い声で命を出した。


「桂の足跡を調べろ。俺も自らの足で探してみる。あれがどこで死に、何を思っていたか…調べる」


「承知」


その頃すでに牙と玉藻の前はそれぞれ子を為しており、幼子が庭で駆け回っていた。

次代の当主が死んだ――才と美貌に溢れる男だったが仕えることが叶わず、牙と玉藻の前はどんなに時間をかけても桂の足跡を見つけ出そうと誓い、戻って来ない日もあった。


そして数か月後――桂の足跡を見つけた。


「桂様は小さな町で出会った人の女と恋に落ち、女が病に罹って死んだ後…自ら命を絶ったとのこと。主さま、これを」


黎は玉藻の前から文を受け取り、目を通した。


『先立つことをお許し下さい。私は来世で好いた女と夫婦になります』


「…ふっ、親子ふたりで同じようなことを言う…」


涙が落ちた。

文の字を滲ませて分からなくなる位に涙が落ちて、文を握り締めた。
< 294 / 296 >

この作品をシェア

pagetop