千一夜物語
澪の悪阻が治まった頃、黎は桂の墓があるという東北の小さな村を訪れて、その墓の前に立っていた。


「桂ちゃん…こんな所で…」


「あれは自らが死を選んでもふたり目が産まれることを知っていた。だからなんだろう」


「そういう頑固で省みない所が神羅ちゃんそっくりだね…」


黎は澪の肩を抱いて、大きくなったその腹を見下ろした。


「半妖であることを恥じていたわけではないだろうが、半妖である自分が当主になっていいのかと訊かれたことはある。…桂には桂なりの悩みがあったかもしれない」


澪との間に産まれてくる二子目は、生粋の鬼族の子となる。

鬼頭家としてはそれが正しい道なのだが――黎には決してそうであると強くは言えなかった。


「澪…神羅と桂はいつ生まれ変わってくると思う?俺が生きているうちに生まれ変わってきてくれるだろうか」


「ふふ、だいぶ長生きしなくちゃだね。黎明さん、たくさん長生きしようね。神羅ちゃんと桂ちゃんが生まれ変わってくるまで元気でいようね」


「そうだな…身体を鍛えるのを怠けずちゃんとやるか」


墓前で両手を合わせて、朧車に乗り込んでその場を離れた。


――人の女と出会い、人の女を愛したことで、とんだ人生になりそうだな。


とんだ人生になってしまったが、それでも俺はお前を今でも諦めない。

死ぬまでずっとずっと、待ち続ける。


だって、俺と約束しただろう?

俺の傍で生まれ変わってくれるんだろう?


「神羅…きっと見つけるからな。お前は俺の執念深さを知っているはずだ。だから…早く生まれ変わって来い」


千一夜、お前を想おう。


――黎のその願いは何世代かかかって叶うことになるが――それはまだ、先の話。


別の、物語。


【完】
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