千一夜物語
陽が暮れるとますます妖気の気配は強まった。

だがそれは大物のものではなく小物で、だが小物といえど集団となって個になると、侮れない力を持ったりもする。

黎は夕餉を食べている神羅の傍で勝手に酒を拝借して飲んでいたのだが、ほろ酔いになってくると夜叉の仮面をつけて颯爽と立ち上がった。


「?どこへ行くのですか?」


「ちょっとあちこちうろついて来る。この部屋には結界を張っておくからお前はここに居ろ」


神羅は黎を見上げながらも…正直言って、興味があった。

巫女だった頃ははっきりと妖や霊を見ることはなかったが、黎がやって来てからしょっちゅうおかしなものが目に見えるようになっていた。


「私とて戦えます。ですから私もついて行きます」


「危ないぞ」


「弓矢を持っていきますのでお気遣いなく」


「お気遣ってるんじゃなくて邪魔だと言ってるんだが…まあいいか」


寝殿造りの部屋の御簾を上げて外へ出た黎は、躊躇のない足取りでおかしな気配のする方へと歩いて行く。

神羅はきょろきょろと辺りを窺いながら黎の後をついて行ったが、浮遊する人魂が見えて思わず黎の袖を握った。


「どうして突然こんなに見えるように…」


「俺が居るからだろうな。これでもかなり抑えてはいるんだが、俺の妖気にあてられて見えるようになったんだろう」


「こんな世界があるなんて…」


黎がおもむろに鞘から刀を抜いて浮遊していた人魂に向けて一閃すると、苦しそうな顔をしながら消えて行った。

成仏できず彷徨い続けた霊に手を合わせた神羅は、庭のかがり火だけを頼りに薄暗い廊下を歩く。


「しかし雑霊が多い。妖より人の方がだいぶ恐ろしい生き物だな」


「も、もう戻りませんか?」


「お前ひとりだけ戻ればいいじゃないか」


にやにや。

怖がる神羅を気味よく思いながら袖を掴んでいる様を可愛らしく思いながら――

何故可愛らしいと思ったのか首を傾げながら――


軽く弾む足取りで雑霊探しに邁進した。

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