千一夜物語
基本的に早寝早起きな神羅は、その日も若干緊張しつつ、床の中から黎の気配を窺っていた。

時々物音がするものの静かなもので、本当に見張りのために居てくれているのだなとうっかり安心してしまった神羅がうとうとし始めると――どことなく力の抜けた掛け声が聞こえた。


「よし、そろそろか」


うとうとしていたため身体の力が抜けていた神羅がなんだろうと思っていると衣擦れの音がして、横向きに寝ていた神羅の傍で床が少し軋んで目を開けると――


「ちょ…な、何をしているんですか…!」


「いいから静かにしていろ」


自分よりも命令慣れしている声色で文句を封殺されると、黎が隣に潜り込みながら背中から包み込むようにして抱きしめられて、思わず両手で口元を覆った。


「あれを見ろ。毎夜お前の傍をちょろちょろしていたのはあれだ」


黎が酒を飲んでいた時に、普段寝ていると誰かの気配を感じると零したのだが、その正体を目の当たりにして、神羅は黎に抱きしめられながら身を固くした。


その視線の先には――頭にいくつもの火の灯った蝋燭を鉄輪に立てて被り、姿は白い浴衣、手には藁人形と金槌…

振り乱した長い黒髪は世にも恐ろしく、表情はまさに般若――


御簾の向こう側の廊下を行ったり来たりしている姿に目を背けようにも逆に釘付けになってしまった神羅をぎゅうっと抱きしめた黎は、声を潜めてその成り立ちを語った。


「お前の髪を抜きに来たんだろう。髪を抜いて藁人形に詰めて呪う対象にして柱もしくは木に打ち付けて呪いとする。かつて後宮に居た女なんだろうが、あれに髪を抜かれるとお前は死んでしまうぞ」


「ど、どうすれば…」


「今日のところは俺が結界を張っていてやるからじっとしていろ。妖以外で最も注意すべきなのは、あの女だ」


恐ろしかった。

そんな恐ろしい場所でこれからも暮らしていかなければならないのかと思うと、怖くて仕方がなかった。


「この程度…どうということは…」


「この期に及んで強がるな。あんなの俺だって怖い」


「ふふ」


黎が笑わせてくれて過呼吸になりかけた息が整ってきて神羅は、後宮の悪の権化を目に焼き付けてうろうろしている女を見つめ続けた。
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