千一夜物語
「朝帰り…!」


ひとり庭に仁王立ちして黎の帰りを待っていた玉藻の前がわなわなしているのを縁側で干し肉を齧りながら見ていた牙は、金色の目を細めてからから笑った。


「んなの日常茶飯事だぜ。や、違うか。黎様のお眼鏡にかなった女なんか一握りだもん」


「女帝を気に入ったということかしら?こんなに美しくて完璧な身体のわたくしを傍に置きながら!」


「黎様は仲間に手なんか出さねえよ」


ぎゃあぎゃあ言い合いしていると黎が帰って来て、庭に降り立つなり眠そうに欠伸をしたため、牙はにやり――玉藻の前は唇を尖らせて黎の袖を引っ張り回した。


「黎様黎様!朝帰りだなんてひどいですわ!」


「仕方ないだろうが。だが怨念を抱えた女たちがうようよしていて面白いものが見れた。これからも見に行くから留守を頼むぞ」


「黎様ー、女帝とはもういい仲になったのか?」


「いいや、だがあれは手強くていい。威勢のいい女は好きだ。それよりお前たち、毛玉になれ」


――黎の言う毛玉とは彼らの本来の姿になれということであり、言われた通り小さくなった狐と狗の姿になったふたりを脇に抱えて縁側に寝転んだ黎は、もふもふの毛を撫で回しながら目を閉じた。


「黎様は獣がお好きですの?」


「ああ、実家には様々な獣が沢山居たからな。傍に置いていると落ち着くんだ」


「何故実家をお出になったのですか?」


「…」


黙り込んだ黎とは裏腹にまた目を細めてにやにやしている牙の尻尾に噛みついた玉藻の前は、悲壮な泣き声を上げた牙に向けて口を大きく開けて威嚇した。


「馬鹿狗!知っているなら教えなさい!」


「れ、黎様の父ちゃんたちが許嫁を勝手に決めて会わせようとしたもんだから、それが嫌で…黎様、そうだよな?」


「まあ、大体はそうだな。会ったこともない女と夫婦になんかなれるか」


吐き捨てた黎は、火車を腹の上に乗せ、両脇に牙と玉藻の前を座らせて毛玉まみれになりながら束の間の惰眠を貪った。
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