千一夜物語
帝と帝を世話する女房たちだけが住める秘密の花園を思う存分歩き回って堪能していた黎は、途中近衛兵たちと顔を合わせつつ彼らから胡散臭がられていることはもちろん分かっていた。


だが彼らにもまた掌の大きさ程度の小鬼が取り憑いている者もいるため、そういう時は夜叉の仮面を被ったまま近付いて小鬼が乗っている肩を指した。


「小鬼が憑いているぞ」


「な…なんと!?見えぬが…」


「見えない方が幸せでいいんだろうが、見せてやる」


狼狽える近衛兵の左肩の上で人差し指と親指で何かをつまむようにして見せた黎がすうっと目を細めて念じると――姿を隠していた小鬼が実体化して、腰巻のみを身に着けた真っ赤な身体の頭から二本の角が生えた小鬼を見て周囲と本人が絶叫。


「う、うわぁー!」


「これしきで叫ぶな。対処は色々あるが、とりあえず塩で身を清めていれば小鬼程度なら憑かれることはないだろう」


掌で握り潰すと小鬼が悲鳴を上げながら消えてゆき、黎は何もなかったかのようにして彼らの脇をすり抜けてぶらぶら歩きだした。


「か、かたじけない!」


軽く手を挙げて応えただけなのだが――近衛兵たちはこれをきっかけに、黎を冷遇しなくなるようになった。

最初は胡散臭い男だと思われていたものの、腰に差している太刀は明らかに業物だし、見えない妖も見える。

帝が連れて来ただけあって信用のおける男なのだろうとこの頃から思われ始めたのだが…


「黎。どこへ行っていたのですか。あまり御所内をうろうろしないで下さい」


「俺は神仏に祈りなんか捧げないからお前が祈り終えるまでぶらぶらしていた。ついでにあちこちに俺の匂いもつけて来てやった」


「匂いとは…?」


「縄張りの証だ。言っておくが獣のように身体を擦りつけたりじゃないぞ。俺の妖気をあちこちに満たしておいたから雑多な者は居なくなるだろう」


…よく意味は分からなかったが、とりあえずは今夜現れるという自分を呪い殺さんとする女の霊を退治しなければ。


「弓など役に立つでしょうか」


「やってみるといい。お前ほどの神通力があれば多少の傷くらいはつけれるだろう」


神社に戻って来た黎と饅頭を食べながら雑談。

豪快な食べっぷりを微笑ましく見てしまい、はっとして饅頭を喉に詰まらせてしまって悶絶。
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