千一夜物語
黎が御所を縄張りとして結界を張ったため、御所内で起きていることは終始手に取るように分かるようになった。

ただし朝廷に仕えている陰陽師たちは、突然御所が巨大な妖気で満たされたため、転がるようにして恐れ多くも御所を訪れて御簾の向こう側の神羅に乞うていた。


「一体何が起きているのでしょうか!?我らの結界より遥かに強力ですが…ですがこれは妖気…!」


「呪術ですよ。あなたたちに知らせるのが遅れましたが、身辺の警護を任せている者が呪術使いなのです。経緯は関白から訊きなさい」


…その関白にも黎が妖であることは言ってないのだが、身辺を任せている者が居ること位は伝えてある。

陰陽師の代表として参内した男は、神羅の傍に座っている男から滲み出す妖気に汗が吹き出しながら何度もちらちらと盗み見をした。


「そちらの者でしょうか…?」


「そうですよ。あなたたちが張った結界を潜り抜けて物の怪が現れている以上、対抗策が必要です。ここも朝廷も、怪異現象が急に増えました。私が何とかしますから皆の者にもそうお伝えなさい。話は以上です」


これ以上の会話を遮断された陰陽師が肩を落として出て行くと、黎は急な来客がある時に使われる緊急用の部屋の御簾を払って外に出て廊下を歩いている陰陽師を見つめた。

視線を感じた陰陽師が振り返ると――夜叉の仮面を被った男がじっと自分を見ていたため、飛び上がって速足で逃げていくのを見て不気味に笑っていた。


「ふふふ、人の恐怖は心地いい」


「怖がらせるのはやめなさい。黎、私は今晩どうすればいいのですか?その…昨晩のように床に寝ていた方がいいのですか?」


「そうだな、今晩は寝所に招き入れる。あれは対処しておかないとさすがにお前も心休まらないだろう」


「私を…心配してくれているのですか?」


「俺以外の何者かにお前を殺されたり食われたりするのは嫌だからな。ああそうだった、今日はまだ齧ってなかった」


神羅を齧るのが日課。

人差し指をがじがじ噛まれてなんだか身体が熱くなった神羅が羞恥心に耐えているような表情をすると、黎はにたりと笑って神羅を見つめた。


「なんだ?抱かれたくなったか?」


「違います!誰が妖なんかに!」


がじがじ。

甘噛みではあるが男に触れられて例え様のない感情に揺さぶられて、ぎゅっと目を閉じた。
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